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【川村怜 単独インタビュー】Avanzareつくばで揉まれた10年間。その輝きはらせん階段を昇るように

川村怜のアップとRYOKAWAMURAのロゴ

2007年冬。
ブラインドサッカー日本選手権の二日目。

下位決定トーナメントに、その男の姿はあった。
まだ日本一を経験したことのない、若いチーム。そのBチーム。

中盤で得たフリーキックのチャンス。
味方の蹴ったボールが彼の足下へゆっくり転がっていく。

落ち着いてトラップできれば、同点弾を生めたかもしれない。
しかしボールは、中腰で構える彼の脇を抜けて行った。

ブラインドサッカー日本代表。
エースストライカー川村怜。

華麗なトラップから、風にのったドリブル。
小さなモーションから放たれる強烈なシュート。

彼のプレーに観衆は魅了される。

幾度となくチームを救ったゴールの数々。
まだ二十代。

このスタープレイヤーのブラインドサッカー人生は、華やいだものに違いない。

そう誰もが想像して疑わない。
しかし、彼のこれまで歩んだ道のりは、決して平坦なものではなかった。

2007年冬。
ブラインドサッカー日本選手権。

いまでこそ日本一8回を数えるAvanzareは、二年連続、準決勝敗退という辛酸を味わっていた。

三度目の正直。もう負けられない。

2チーム編成をしく大所帯は、その殆どをAチームであるAvanzareに寄せた。

残った初心者たち四人と、怪我と諸般の事情でAチームを離れた一人。

BチームVivanzareの戦力はそれだけだった。

Aチームからの助っ人は、田村修也。
兄二人とともに輝く、つくばの若い星。

残った4人の初心者。
その中に、川村怜がいた。

そして、田村がチームを離れた二日目。
攻撃を一手に任された彼は、千載一遇のチャンスをふいにした。

今なら100%の自信を持って、相手がどこだろうと決められるパスを。

川村怜インタビュー

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AvanzareつくばOfficial 川村怜選手紹介

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