シェアする

「ブラインドサッカーの魅力25選」苦難の歴史編(第3回)

多くのメディアで取り上げられ、その露出も認知も高まってきたブラインドサッカー。

日本代表戦や、国内主要大会では、一部有料席を設けても、スタンドがいっぱいになるほど、その人気は高まっています。

ですが、初めからそうだったわけではありません。

歴史を知れば知るほど好きになる。苦難の道とブラインドサッカー

ブラインドサッカーが日本にやって来たのは2000年代初頭。
以来、ブラインドサッカーの灯は、いつ消えてもおかしくない、そんな苦難の歴史を歩んできました。

日本ブラインドサッカー、その戦いの歴史を3つのポイントに絞ってご紹介します。

根をはる。知ってもらうというの戦い

「練習場も借りれない」

味の素スタジアムを貸しきって日本選手権を行うこともあるブラインドサッカー。

その存在すら知られていない時代。得体の知れない競技は、コートすら借りることができないチームがありました。

初めて開催した2003年のブラインドサッカー日本選手権。参加チームは3チームのみ。
2016年の15回大会は15チームの参加ですから、今と比べても競技規模はとても小さかった。

黎明期、全国のブラインドサッカー関係者が感じていた壁は、その認知を広げることの難しさ。
そして選手、サポーター※を増やすこと。

一方で、ブラインドサッカーを知り「やってみたい」と思っても、住んでいる地域にはチームがないという状況でもあった。
今も全国各地にチームがあるわけではありませんが、当時は関西圏と首都圏に限られ、静岡や新潟から関東まできて練習に参加する選手もいたほどでした。

※ブラインドサッカーでいうサポーターは、サッカーより広義。応援してくれる地域のファンから、チーム運営に関わるチームスタッフまでを差します。

仲間を増やす戦い

ブラインドサッカーはキーパー含め5人の選手と、ガイド、監督がいないと試合には出られません。

団体競技なので一人ではできない。各チーム試合出場に必要な人数を集めることも、重大な課題でした。

今でこそ、経験値の多い選手が、より高いレベルを求め同じチームに集まることもあります。フィールド4名とも代表クラスで固めるチームも複数ある。

当時は、ボールを蹴ったこともなく、競技歴1ヶ月という選手から、代表クラスのトップ選手までが、一緒に同じチームで試合に出るというのは、普通のことでした。
どのチームも似たようなメンバー構成。

そして、何より大切だったのがサポーター集め。
ブラインドサッカーは目隠ししてプレーするため、周りでサポートする人がいないと十分な練習はできない。
アップでダッシュをするにも、走る先に声を出して方向を知らせてくれる人が必要。
ゴールを逸れ遠くに転がっていったボールも探しに行けない。

今の盛り上がりがあるのは、地域のブラインドサッカーを守ろうと考え抜いた人たち、チームメイトを増やすため草の根で駆け回った人たちがいたからです。
Avanzareの物凄く大きな円陣

未知の可能性との戦い

今でこそ試合中に何度も「オォ」という感嘆が響く観客席。
当初は日本代表戦ですら、関係者数名しか応援席にいない状態でした。
その頃、選手やサポーターがなんとか連れてきた一見さんも「見えてないのに(視覚障害者って)凄いね。自分なら怖くて動けないや」といった感想を述べて終わり。

「見えてないのに」という枕詞を取り去って、「あのプレー凄い。カッコいい」と言わせたい。そんな想いを胸に、自らの技を磨いた選手も多かったです。

日本にやって来て間もないブラインドサッカー。
誰も経験したことがない競技。
お手本がない。成功例がない。セオリーすら存在しない。

「サッカーみたいにワンツーはできやしないか?」
「練習すればゴロパスをダイレクトシュート出来るのではないか」

今は、トップクラスの選手すら成功確率が限りなく低いスーパープレーにもトライした。
有効な戦法でないことを理解し、また別の戦術を試みる。

どのチームもリスクを鑑みて攻撃方法を考えるのが当たり前になっていますが、10年前は、それすらなかった。
ゴール前に2人配置しコーナーキックを蹴るも、相手に奪われカウンターで失点。
「なんともなぁ」というセットプレーが流行していたほどでした。

まとめ

まだ20年足らずの日本でのブラインドサッカーの歴史ですが、紆余曲折あって今がある。その変遷が少しでも伝わったら嬉しいです!

次回は個性豊かなブラインドサッカー界隈の人々についてご紹介します。

次回予告

  1. ブラインドサッカーとは?基本の5ポイント
  2. 観戦中はお静かに。息つまる攻防から目が離せない編
  3. ブラインドサッカー苦難の歴史編 ←今ここ
  4. 魅力的なブラインドサッカー界隈の人びと編
  5. 近づきつつある世界との距離編